皮膚の再生医療について、日本では2007年から始まった皮膚の再生医療についてご紹介します。

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「巨大色素性母斑」を自家培養表皮で治療

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「巨大色素性母斑」を自家培養表皮で治療

Fさん(患者さん)

●19歳 女性
●職業:会社員
●病歴:大阪市立総合医療センターで生まれる。 生まれた時に先天性巨大色素性母斑(胸から背中にかけて)と診断され、形成外科の今井啓介先生へ紹介される。 2歳からほぼ毎年、母斑を取る手術を受けていたが、14歳の時に自家培養表皮による治療が受けられるようになり、 1年に1回のペースで自家培養表皮(手のひら大の長方形の細胞シートを合計11枚)の移植手術を受けた。 2021年の2月に治療が完了し、現在は経過観察中。
●2017年2月(14歳)皮膚組織採取
●2017年3月、2018年7月、2019年7月、2021年2月に移植

先天性巨大色素性母斑とは?

色素性母斑(しきそせいぼはん)は、小さいものは「ほくろ」と呼ばれる茶色~黒色のあざ(できもの)です。 皮膚の中に母斑細胞と言われる細胞が存在し、母斑細胞がメラニン色素を産生するために生じます。 先天性巨大色素性母斑は生まれた時から存在する大きな色素性母斑で、大人になった時に直径20cm以上(1歳時点での目安は体幹で6cm、頭部・顔面では9cm以上)になる場合に巨大と定義されています。 そして「巨大色素性母斑」を小さい色素性母斑と区別する理由は、「巨大色素性母斑」では、悪性黒色腫(ひふのがん)が数%程度で発生することがあるからです。 また、中枢神経(脳や脊髄)にも母斑細胞が存在することがあります。 「先天性巨大色素性母斑」の患者さんの数について正確な統計はありませんが、 出生2万人に1人程度とされており、日本での出生数が年間約100万人とすると毎年50人程度の患者さんが生まれていることになります。

Fさん、お母さま、本日はお時間をいただきありがとうございます。 本日は自家培養表皮を使った先天性巨大色素性母斑(以下、母斑)の治療を受けられたFさんに、手術を受けることになった経緯や術後の経過などをお伺いしたいと思います。 早速ですが、治療したところの状態はいかがですか。
Fさん:昨年の2月に最後の自家培養表皮の移植手術をしてから1年が経過しましたが、特に問題なく順調です。 昨年の春に高校を卒業して、現在は事務の仕事をしています。 移植した場所についてはまだ赤みはありますが、ガーゼはもう貼っていなくて、軟膏も保湿液も塗らずに毎日過ごせています。 肌着も特に特別なものを着用するわけではなくこれまで通りです。 健常な皮膚と比べると、移植したところは少し粘着質な感じはありますが、他に気になることはないですね。 来月、1年後の検査で今井先生にお会いします。 手術は昨年で最後ときいていますので、今後は手術したところに問題がないか定期的に先生に診ていただく形になると思います。
順調なようでよかったです。Fさんのこれまでの母斑治療について教えていただけますか。
母:娘が生まれたのが大阪市立総合医療センターで、生まれたばかりの娘に大きさあざがあって大変驚くとともにどうしてよいのかわかりませんでした。 そして、生まれてすぐに今井先生に診ていただき、「手術は全身麻酔ができるようになる2歳から少しずつやっていきましょう」と言われました。 手術で娘の病気が治るのならと思い、2歳からずっと今井先生に治療していただいています。 母斑はもともと胸から背中にかけて大きく存在していて、手足など他の場所にはありませんでした。 大きな母斑を毎年少し切っては縫い縮めるという手術(分割切除術)を繰り返していました。

定期的に入院されていたのですね。
母:そうです。1年に1回あるいは2年に1回という頻度で、夏休み、冬休みを活用して入院と手術を繰り返していました。
入院期間はどれくらいでしたか。
母:小学校までは3週間から1カ月程度入院していたと思いますが、中学校からは2週間程度だったと思います。 小さい頃は麻酔をかけるのも大変でした。娘は麻酔をする前に眠くなる薬を飲まなくてはならなかったのですが、その薬を飲むのをとても嫌がり、結局、薬を飲まずにそのまま麻酔をかけていただいていました。 手術が終わって、麻酔から覚めると今度は喉が渇くと言って、ぐずったりしました。 寝かしつけるのも大変でした。大きくなれば我慢もできますが、子供のうちは術後はじっとしていられなかったり、痛みが我慢できなかったりしますので親も大変な思いをしますね。
当時、母斑を縫い縮める手術以外にはどんな治療がありましたか。
母:いちど小学校の時に、シリコンでできた風船のようなものを母斑近くの皮膚の下にいれて、皮膚を大きく伸ばし、 母斑を切り取ったあとに、その伸びた皮膚で傷をふさぐ「エキスパンダー」という治療を受けました。
Fさん:風船は2個、肩と脇腹のあたりの皮膚の下にいれました。でも日常生活でとても大変な思いをしたので、それ以降はやっていません。 自分の体に風船がふたつついている状態を想像していただけるとわかるかと思いますが、着替え、入浴、睡眠などさまざまなことで毎日が大変でした。 学校では、友達に風船のところを叩かれないようにとても注意しなければならなかったし、体育にも参加できませんでした。 ランドセルを背負えないのも小学生にとってはつらいことでしたね。毎日、手提げかばんに教科書をいれて登校していました。
母:風船をいれる時と出す時は入院して、その他の時は学校に通っていました。風船をいれたところが大きく膨らんでしまうので、脱ぎやすい大きめの服を着せていました。 風船には定期的に液をいれ、徐々に皮膚を大きさくしていきますので、液をいれる時が痛いと娘は訴えていました。皮膚がなじむと痛みは和らいだようでした。
今井先生:Fさんの場合、風船は1回だけでそのあとは分割切除術を繰り返しおこないました。
その後、自家培養表皮による治療が行われたのですね。
母:はいそうです。自家培養表皮の手術は2017年からでした。 その後は毎年、培養表皮を移植していただきました。2021年2月が最後の移植でした。 培養表皮を作っていただくための皮膚を採取する手術の際、その皮膚を運ぶために手術室の外で業者さんが待機してくださっていたのを覚えています。 あの皮膚を工場に運んで、培養表皮を作っていただいていたのですね。 「培養」とか「再生医療」とか、私たちにとっては縁遠い世界と思っていましたが、日本の病院でも治療できるようなったというのはすごいことと感動しました。
培養表皮の手術の前に再生医療について調べたりしましたか。
母:いえ、今井先生の説明をきいて納得していましたので、特には調べませんでした。冊子もいただいたので。 実は、娘が2歳の時に手術の話の中で、今井先生から、「海外では培養表皮があるんですよ、日本では認可されていないのでまだ使えないですが」とお話されたのを覚えています。 また、同じ病気の子供さんに培養表皮を使っているのをテレビで偶然見て「ああ、これが今井先生がおっしゃっていた培養表皮なのか」と思いました。 その時は今井先生にも「テレビ見ました」とお伝えました。
今井先生は自家培養表皮の治験にもかかわっていらっしゃいました。
母:実は今井先生には培養表皮の治験の時に「培養表皮が使えるようになるけど、やってみますか」と声をかけていただきました。 以前おっしゃっていた、あの培養表皮がついに使えるのだと喜びましたが、その時点ですでに娘の治療はかなり進んでいて、 「治験の対象になるには、従来の治療では治せない程度の大きさあざが残っていないと難しい」とのことでしたので残念でしたがあきらめました。 その後にも、「認可が下りたけどまだ保険がきかず高いので、まだ治療は難しい」ということもありました。 そして、ようやく保険がきくようになったからということで、最初の培養表皮移植をしていただいたと記憶しています。
そんなに長い間、培養表皮による治療を待っていらしたのですね。再生医療について不安はありませんでしたか。
Fさん:まったく不安はなかったです。手術も何回もしてきているので怖さもなかったです。いつもの手術と変わらないぐらいの感覚でいました。
手術を怖がる方も多いと思いますがFさんはすごいですね。培養表皮移植の時の入院期間について教えてください。
母:最初の組織採取の手術の時は日帰りでした。局所の麻酔をされて、外来手術室で皮膚を採取していただき、傷を縫合して帰宅しました。 移植の時は、前日に入院して、翌日に全身麻酔で手術を受けて、2週間くらいの入院でした。 手術は母斑の部分を取り除き、培養表皮をのせ、その上にガーゼを置いて、固定するというものでした。

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