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自家培養角膜上皮
ドクター・患者さん インタビュー

大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)主任教授 西田 幸二先生 x J-TEC 生産技術部(眼科領域開発責任者)小笠原 隆広氏

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村上さん、近間先生、お忙しいところお時間をいただきありがとうございます。 本日は、再生医療「自家培養角膜上皮(じかばいようかくまくじょうひ)」を用いた治療についてお伺いしたいと思います。
村上さん、最初に目のケガについて教えていただけますか。
村上: 子供の服の裾直しをしようと思い、衣類用接着剤を使って固定しようとしました。 なかなか接着剤が出てこなくて上からのぞきこみながら強く押したら、中蓋が取れ、接着剤が左目に飛びこんできました。 もうパニックで。とりあえず水でバシャバシャ洗いましたがあまり取れず、接着剤が目に残った状態で急いで病院に行きました。 病院で洗浄してもらい、固まった接着剤を取り除いてもらいましたが、角膜をだいぶ傷めてしまったようで、充血がひどく痛みもおさまりませんでした。 最初に駆け込んだのは町のクリニックでしたが、すぐに入院が必要だと言われ、別の総合病院を受診しました。 そこでは、すぐに炎症を抑えるためにステロイド投与を行い、2週間ほど入院しました。当時はステロイドの副作用で顔がパンパンに腫れて心配でした。 目の方も最初は傷が治れば回復するだろうと簡単に考えていましたが、そうは行かないことが分かってきてとても不安になりました。 目は最初、透明だったのですが、徐々に白く濁っていきました。
ケガをした後、生活への影響はいかがでしたか。
村上: 生活する上で、まぶしさが一番きつかったです。 痛みは数日である程度落ち着いてきましたが、右目の見え方と差があることから、外に出るととにかく日光がまぶしくて焦点が合いません。 だから、一番目に負荷のかからない茶色の濃いサングラスを昼夜問わずずっとかけていました。 困ったのは、人と話している時に徐々に焦点が合わなくなってくることで、仕事でお客様と話す時はとてもつらかったです。
現在の目の状態はいかがですか。
村上: 手術前は黒目の中心より上に濁りが強く、正常な右目を手で覆って左目で見ると、上側は真っ白で、目を細めると下側でかすかに見える程度でした。 現在は手術のおかげでほぼ均一に見えるようになりました。 まだ全体がぼやっとしている感じはありますが、もう日中でもサングラスをしていませんし、痛みもありません。完全ではないですが、日常生活も問題なく過ごせています。 ただ、夜に車の運転をする時は、対向車のライトの反射やギラつきをかなり強く感じます。
近間: まぶしさは光が散乱することで起こってきます。表面はきれいに治っていますが、少しでも濁りがあると光の散乱が起こります。 現在、手術した箇所はかなり透明性が上がっていますが、手術をしていないところはまだ濁りがあることもまぶしさの要因のひとつです。 現状では対向車の光はかなりつらいはずです。
しかし矯正視力は、術前が0.02だったのが術後0.3ほどになり、透明性も上がり順調に回復しています。健康な右目と比べてしまうと、まだ同じようにはいきませんね。
村上さん、近間先生に診てもらうことになった経緯を教えてください。
村上: 最初は近くのクリニックに行き、次に近くの入院施設のある総合病院へ。 そちらで紹介状を書いていただき、近間先生のいらっしゃる山口大学に行きました(2007年)。 当時、全国でも角膜の治療ができる病院は限られていて、その中で一番近かったのが山口大学でした。 それでも通院のために新幹線を使い、朝6時に家を出て、夕方に帰るというなかなか大変なスケジュールでした。 その後、先生が現在の広島大学に移ってこられ、通うのがとても楽になったのは本当にラッキーでした。
村上さんは受傷直後にLSCD(角膜上皮幹細胞疲弊症/かくまくじょうひかんさいぼうひへいしょう)と診断されたのですか。
村上: 特に初めから病名を言われたわけではなく、地元の病院に通院していた時は、炎症を抑える治療を行っていました。 黒目の中の白い濁りは、じわりじわりと進行してきたので、自分がいつLSCDになったのか、自覚はありませんでした。
近間先生、LSCDの要因や特徴について教えていただけますか。
近間: 簡単に説明すると、目の黒目と白目はきれいにすみ分けがあります。 黒目(角膜)には角膜の細胞がいて、白目(結膜)には結膜の細胞がいます。 白目と黒目の境には目に見えない柵が黒目と白目を分けていて、そこに角膜上皮のもとになる幹細胞がいます。 そこに有害な物質(村上さんの場合はアルカリ性接着剤)が入るとその柵が壊れてしまいます。 その柵の決壊により、白目の結膜細胞が黒目に侵入してきて透明性が落ち光の散乱が起こって、まぶしさがでてきます。 角膜と結膜の境目に存在している角膜上皮の幹細胞が障害を受け、角膜上皮細胞を作れなくなる、それがLSCDです。
そして、アルカリには組織の奥へ奥へとしみこんでいく特性があります。ひどい人は角膜を通り越して目の奥までアルカリで侵食され、眼球が保てなくなり、眼球摘出になることもあります。 一方、酸の場合は奥までは届かず表面が焼けてそこで固まるため、固まったものが取れたらきれいになります。硫酸となるとそうは行きませんが、薄い塩酸であればきれいに治ることが多いです。
村上さんの場合は、何とか角膜でギリギリ止まったことは不幸中の幸いでした。 それでも角膜の表面だけではなく角膜の深いところ(角膜実質)まで濁りがありましたから、自家培養角膜上皮の手術で幹細胞を移植したのち、深層層状角膜移植(DALK)を行いました。
はじめて村上さんの目を診察した時はいかがでしたか。
近間: まず表面の傷が治っておらず、傷が良くなったり悪くなったりを繰り返していました。 もうその時点でLSCDです。当時(2007年)の診察で村上さんにお話したのは「いま確実に治す治療法はありません」ということでした。 結膜から血管を介して様々な物質が黒目の方に大量に流れ込んでくる。 それが先ほど村上さんがおっしゃっていたじわりじわり目が濁ってくる理由です。 白目の結膜から黒目の本来血管のないところに血管が入ってきて、表面には透明性の低い膜が張ってきます。 角膜の中には、血管から漏れ出た多様な物質がたまってくる。こうしたことが年単位のゆっくりしたスピードで進んでいきます。 村上さんはまさにその過程を体感されていました。
また、村上さんには「将来的に自家培養角膜上皮を移植できる日が必ず来ます」ともお話していました。 初めは5年くらいと言っていましたが、結局治療までに15年程かかってしまいましたね。
先生が自家培養角膜上皮をはじめて知った時、どのように思われましたか。
近間: 初めて自家培養角膜上皮を知ったのは、まだ大学院生の時だったと思いますが、 この方法なら透明性が非常に高い角膜上皮ができると興奮したことを思い出します。 まだ、研究段階の時ですね。
というのも、村上さんを診療した2007年当時、別の治療方法があったのですが、成績が芳しくなく、目にも負荷が大きい治療でした。 他にも臨床研究として培養シート移植なども試されていましたが、透明性が低く、例えば視力1.0のポテンシャルの目でも、術後は0.2-0.3が精いっぱいというものでした。 治療を行う立場から見ると、LSCD治療にはとにかく透明性の高いものを使った方が確実に良いため、自家培養角膜上皮の登場を首を長くして待っていました。
村上さん、自家培養角膜上皮手術の感想を教えてください。
村上: 健康な目から、自家培養角膜上皮シートを作るための細胞を採る手術(採取)を2021年8月に行いました。 これは入院不要で、帰る時には眼帯もしませんでした。それから1カ月後に自家培養角膜上皮移植を行いました。 移植の時は5泊6日入院しました。
術後はとにかくずっとシンシンキンキンという感じの痛みが続いて、毎日痛み止めの薬を飲まないといられない状態でした。 それは退院後も続き、2カ月程経ってやっとおさまったと思います。 その頃は、夕方になると痛みがでる、冬場の乾燥した空気にさらされると痛みがでる、何らかの刺激を受けるとすぐ充血して痛むということが日々起こりました。 仕事がドッグトレーナーなので、外での仕事が多いせいもあったのだと思います。 また、目を保護するためのコンタクトを入れるのですが、それもとても大変でした。結局痛みがとれるまでに半年程かかったと思います。
近間: 黒目にくっついていた濁った膜を取り除き、そこに自家培養角膜上皮を移植しますので痛みはどうしてもでてしまいます。 目の炎症は、一般の人も朝より夕方や夜の方が目は充血し、時間が経つにつれて炎症は強く起こります。 また、眠って目を閉じている間は瞼によって保護されるため、朝、目を開けた時が一番調子の良いクリアな状態になります。 術後は心理的にも特に周囲の環境に敏感になっているため、痛みを感じやすくなるということも原因のひとつです。
村上さん、近間先生から再生医療「自家培養角膜上皮」をすすめられた時はどう思われましたか。
村上: 最初に先生に診ていただいた時は、いまは治療法がないけど、近いうちに治せるようになるからね、と言われたことしか覚えていなくて。 右目は見えていたので、ひどく不自由ということもなかったので気長に待つことができました。
手術ができるとお聞きした時も、実は少し迷いました。というのも、初めは再生医療や培養シートというものが分かっていなかったからです。 自分なりに情報収集しても、様々な情報が溢れていて、どうなのかなぁと悩みました。 後に先生からしっかりお話を聞いて、自分の細胞から作ったシートだから拒絶反応はほぼないと教えてもらったことに安心し、やってみようかなと思いました。 現在の状態を考えると先生にお任せして良かったと思っています。
近間先生、「自家培養角膜上皮」を用いた村上さんの実際の治療について教えてください。
近間: 角膜の黒目と白目の境目の部分(輪部)には、角膜上皮幹細胞があります。正常な方の目から2×3ミリくらいの輪部組織を取り出します。 それをJ-TEC(培養施設)に送り、組織から角膜細胞を取り出し、4週間培養してシートにするのが第一段階です。 シートが完成したら、厳密な出荷検査をクリアしたものだけが医療機関に届けられます。 移植手術では、まず村上さんの患眼である左目表面を覆っている結膜組織を全て剥がします。 黒目の表面を可能な限りきれいにむき出しにして、その上に培養したシートをのせ、周りを糸で数か所縫合します。抜糸は1週間後に行います。 通常、炎症は次第に落ち着いていき、だんだんと痛みはとれていきます。
村上さんの場合、炎症自体はそれほどでもなく、術後の経過は悪くなかったのですが、目のダメージが大きく痛みが続きました。 これは我々の想定よりも長かったです。痛みは、涙の中に含まれる炎症性物質が増えていたことの影響かもしれません。 また、村上さんは目の表面の一部に傷があり、その傷が大きくなったり小さくなったりを繰り返していました。 自家培養角膜上皮シート内には、増殖能が高く傷を治してくれる細胞がたくさん含まれていますから傷が広がることはなく、傷が治るとそこから一気につるつるになりました。
それまでの3カ月間は私も傷と痛みに翻弄されました。 細胞シート内の細胞がちゃんと増殖する環境を整え傷が治るように、薬を調整し、投薬回数をこまめに変化させ、村上さんの細胞がうまく増殖できるように工夫しました。 上皮シート内の細胞は人により異なるため、村上さんの細胞はそのような性質をもっていたということです。
村上さんの瞳孔の上がつるつるの上皮に覆われたので、次は角膜の深いところの濁りを透明にするために、DALK手術を行いました。 この手術によって、角膜の奥にあった濁りがなくなりました。現在の村上さんの角膜上皮は角膜全体のうち下から3分の2が透明に維持されています。
現在は、経過が良いので3カ月に一度くらいの頻度で定期診察を行っています。

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