
患者さんアンケート
自家培養軟骨移植術を受けられた患者さんに、アンケートでお聞きしました。
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近藤岳登さん
(元Jリーガー:ヴィッセル神戸 ポジションはサイドバック。水戸ホーリーホック、FC大阪でもプレー)
●40代/男性
●病歴と治療経過:
2015年1月:自家培養軟骨製造のための軟骨採取の手術
2015年2月:右ひざに自家培養軟骨移植術と高位脛骨骨切り術を実施
2015年10月:ジョギング開始
2015年12月:骨切り術のプレートを抜去し、自家培養軟骨移植部の状態を確認
2016年1月:リハビリトレーニングを行いながらFC大阪の練習に参加
2016年7月:FC大阪の通常練習に参加
Lysholm Knee Score*は、術前58点から術後1年6カ月時点で94点に改善。
*膝関節靱帯損傷患者の総合評価を100点満点で行うテスト。
評価項目は①跛行、②支持装具、③階段昇降、④しゃがみこみ、⑤歩行・走行・ジャンプ、
⑥大腿四頭筋の委縮の六項目から構成される。
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自家培養軟骨移植術を受けた病院名と主治医名を教えてください。
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病院名:神戸大学医学部整形外科
主治医名:黒田良祐教授(リンク)
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治療前の症状や、どのように大変な毎日を過ごされていたかを教えてください。
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昔からひざにはちょくちょくトラブルがあったため、長年多少の痛みは当たり前と思って過ごしていました。
30代で半月板を損傷し、ひざがロッキングして動かなくなりました。
損傷した半月板を手術で切除したのですが、右ひざ関節が腫れるようになり、曲げ伸ばしも困難な状況となりました。
痛みも解消しないことから、ようやく事の重大さに気づき困惑しました。
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自家培養軟骨移植術を受けた病院にたどり着くまでの過程を教えてください。
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黒田先生にはヴィッセル神戸時代から診ていただいていました。
ヴィッセルから水戸ホーリーホックに移って、FC大阪に戻って来た33歳の頃、右ひざの半月板を損傷してしまい、
黒田先生に内視鏡で半月板切除の手術をしていただきました。
その際に、とても大きな軟骨欠損(7.2㎝²)があるといわれましたが、当時は治療方法がなく経過観察となりました。
長年サッカーをプレーしてきたのでダメージが蓄積していたのです。
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主治医から自家培養軟骨移植術を勧められた時の印象を教えてください。
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再生医療のことは知りませんでしたが、ひざが治る可能性がある新しい治療として黒田先生から紹介されました。
これしか方法がないとのことでしたし、先生を信頼していたので手術を決めました。
サッカーに復帰するまで時間がかかること、医療費のことなど心配事はたくさんありましたが、
FC大阪が一緒に頑張ろうと言ってくれたこと、保険(高額療養費制度)がきくとのことでやってみようと。
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自家培養軟骨移植術は、軟骨組織の採取と自家培養軟骨を移植する手術で2回の入院がありました。
移植時は1カ月程度の長期入院が必要で、退院後もひざに負荷をかけられないため、いろいろとご苦労があったかと思います。
その時、職場やご家族からどのようなサポートを得たかを教えてください。
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前述のように、FC大阪が背中を押してくれたことがありがたかったです。
術後の病院でのリハビリテーションを終えて、1年後にはFC大阪でリハビリのトレーニングメニューを考えてもらい、
練習にも参加。そこから半年後には通常練習にも参加し、練習試合にも出場しました。
FC大阪のトレーナー、リハビリで通っていた整形外科の理学療法士のみなさんには復帰までしっかりサポートしていただきとても感謝しています。
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自家培養軟骨移植術「後」、入院中に行ったことや、主治医から指導されたことを教えてください。
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術後3週目から可動域訓練を開始しました。5週目からは部分荷重を開始、7週目から全荷重でした。
筋トレもしっかり行いました。術後は筋肉があっという間に落ちてしまいますから、
リハビリの前半は、筋力を戻すために足だけではなく全身を鍛えていました。
その後は、バランス力重視のトレーニング、例えばジャンプなどに変更し、
ひざ周りの大腿四頭筋、ハムストリングスなどの筋トレも意識して行いました。
8カ月後からジョギングを開始し、11カ月でチーム練習に参加しました。
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自家培養軟骨移植術を受ける時に困ったこと、苦しかったこと、および症状が改善して嬉しかった出来事など、特に印象に残っていることを教えてください。
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この手術を受ける前は、ひざの痛みで思うようなプレーができませんでした。
手術したことで、また良くなって、痛みを気にせず、フルで動けるようになるという希望を持てるようになりました。
手術しなければよくなる可能性はゼロですから。とはいえ、波はもちろんありました。
リハビリの強度を少しずつ上げていくたびに、水がたまり、その都度抜く。
黒田先生と一喜一憂しながらリハビリをひたすら続けました。
ずっと調子よくというわけではなく、復帰に近づくほど強度はあがっていき、強度があがるたびにまたつまづいてという繰り返しでした。
でも確実に強度の高いトレーニングをできるようになっていきます。希望はもちろんずっと持ち続けていました。
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自家培養軟骨移植術にかかった費用を教えてください。
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チームが負担してくれたので金額はわかりません。
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現在のひざの状況について教えてください。
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早いもので手術から10年が経ちました。ひざの状態は「ふつう」です。ひざを何も気にすることなく日々生活しています。
サッカー教室の時もテーピングはいらないし、普通にサッカーができます。
手術前は階段を降りるときに毎回ずきずき、カクカクしていました。
今はそれがまったくなく、気にせずに生活できます。2022年には念願の富士登山もできました。
僕の名前は岳登で、富士登山は人生の目標のひとつでした。
頂上にたどり着いたときに「俺のひざ大丈夫だな」とあらためて実感。
ひざに少しでも不安があったら富士山に登ろうとはならないですから。
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最後に、同じようにひざの痛みで悩んでいらっしゃる患者さんにひとことお願いします。
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プロスポーツ選手の長期治療は決断がとても難しいです。
でも今の医療、リハビリ、トレーナーの技術、チームのサポート体制は僕が手術をした10年前より確実によくなっていると思います。
だから僕より早く復帰できると思うし、ノーストレスでサッカーをできるようになる可能性が高い。
早めに決断して、手術するという選択肢は、絶対に視野に入れた方が良いと思う。
チームがサポートしてくれて、ひざのことを考えずにプレーしたい、この先も長く現役を続けたいのであれば挑戦する価値があると思います。
サッカー選手だけじゃない。ひざが痛いということで子供と遊べなかったり、出歩くことが億劫になったり、
家族と旅行するのをためらったりもすることもある。人生で幸せを感じるチャンスが減ってしまうのは残念なこと。
手術をすることで僕みたいに富士山を登るなど目標をかなえることもできます。
お子さんの運動会で一緒に走ったり、サッカーを一緒に楽しんだり、最愛の人と好きな場所に行けたりする。
幸せが広がると僕は思います。この手術は10年以上の実績があり、今では1,800例(日本国内)を超えているそうなので信頼できると思います。
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他に何かございましたらご記入ください。
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どんな手術でも決断するには覚悟が必要だと思う。そして、この手術はリハビリも頑張る覚悟がないといけない。
手術をしてしまえば、あとは治ってもとのように出来るようになるという希望がうまれるので頑張れると思います。
10年たった今だからいえます。後悔は1ミリもない。
(作成日:2025/2/28)
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