バレーボール選手から保育教諭に転身、その後の逆瀬川さんにお会いしました。

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バレーボール選手から保育教諭に転身
その後の逆瀬川さんにお会いしました。

逆瀬川 由衣さん

保育教諭
逆瀬川 由衣 さん <Sakasegawa Yui>

「清心緑が丘認定こども園」保育教諭
元ヴィクトリーナ姫路所属(プロバレーボールチーム)
生年月日:1992年9月16日 身長:172cm
出身地:兵庫県明石市 出身校:神戸親和女子大学

【自家培養軟骨移植術】
軟骨組織採取日 2015年1月20日
培養軟骨移植日 2015年2月17日

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やはりプロスポーツ選手は無理してしまうのでしょうか。
逆瀬川:はい、私もそうでしたが、プロスポーツ選手はどうしても体に無理をさせてしまいがちになります。今日より明日のプレーが良くならないと上を目指せませんから。だから、ケガは日常的なもので、身体のどこかにトラブルがあるアスリートは多いと思います。それとうまく折り合いをつけてプレーをしています。わたしも多少どこかが痛くても、いいプレーができるなら、それは我慢できました。でも、本当に動けない時には、別メニューをさせてもらうこともありました。なにより、昨日のプレーが今日できないのであれば、痛みがあるなしに関わらず、許せないという気持ちだったと思います。
当時のリハビリ方法や、気をつけていたことを再度お話し願えますか。
逆瀬川:現役時代はひざだけではなくふくらはぎや太ももを含めた下半身トレーニングと体幹を中心にした全身トレーニングをおこなっていました。やはりひざが悪いと、ひざをかばって姿勢が崩れてしまい、それがまた他の部分に負担をかけてしまうという悪循環になりがちです。私の場合は、それをなくしていくようなメニューをトレーナーに作ってもらいました。全身をバランスよく調整しながら強化していくことが大切なのだと、その時すごく実感しました。ヴィクトリーナの時も基本は同じでした。
リハビリ方法を具体的に教えていただけますか。
逆瀬川:体幹については、少しバランスが取りにくいポーズで何秒か耐える、そのままのポーズで移動できれば、横に、前に動いてみる、などのことをしていました。バレーボールはさまざまな姿勢を強いられるので、これらは重要なトレーニングになります。通常のトレーニングとしても役に立つと思います。またジョギングでは、スピードは2〜3割に抑え姿勢とバランスに気をつけて走りました。私の場合はマシンでやったほうがわかりやすかったので、スピードや距離、時間を日ごとに調整しながらやっていました。
リハビリの注意点などあれば教えてくださいますか。
逆瀬川:手術経験者として実感ですが、1カ月間の入院で筋力が驚くほど落ちます。だから手術前に筋力をつけておいたほうが絶対良いです。ひざ周りだけではなく、太ももやふくらはぎなどの筋肉や上半身もやれたらいいと思います。もちろん、ひざにトラブルがあるので無理はできないと思いますが、数パーセントでもいいから、筋力アップをしておいた方が後々楽だと思います。私は正直あまりやらなかったので苦労しました(笑)
それから、先ほども言いましたが、自分で判断して無理なリハビリやトレーニングをしないこと。私の頃はまだ自家培養軟骨移植術の症例数も少なくて、先生も無理をさせられないと慎重でした。とにかく、安静にしていることが多く、自分ではもっと動ける、こんなこともできると思い、内緒で動かしてしまい腫れてしまったことがありました。だから、先生の指示には絶対従ったほうがいいと思います。ただ、自分の足の状態は自分が一番よくわかるということもあり、例えば、今これくらいならひざが曲げられる、痛みはこれくらいある。など、先生と密なコミュニケーションをとると良いと思います。今は症例経験がたくさんあるので、より良いリハビリの指示をしてくださるのではないでしょうか。
最後に、同じ手術を受けた方のブログなどを見かけますが、治療経過はひとそれぞれです。参考にとどめておいて、励みとして自分のリハビリを頑張ってほしいと思います。
自家培養軟骨移植術も進化しています。逆瀬川さんの時は、手術時に骨膜を採取しましたが、今は人工コラーゲン膜が使えるため、患者さんの負担も軽くなりました。逆瀬川さんは確か、採取したところが意外と痛かったとおっしゃっていました。覚えていますか。
逆瀬川:はい、手術前に先生からは「ひざ部分と脛にメスを入れます。脛の方は骨膜を取るためで、それほど痛くないはず。」と聞いていたのですが、手術後はなぜか脛がとても痛くて、えっ、ひざよりこっちが痛いのはどうして?とすごく焦りました。もちろん失敗したわけではないのですが。
今まで体にメスを入れたことがなかったので、その怖さもあったのかもしれません。その前におこなったドリリング手術は内視鏡での手術でしたし。でもそっちの方がもっと痛かったです。そうですか、今は進化しているのですね。私もそっちがよかったな(笑)
ドリリング手術後のひざはどうでしたか。
逆瀬川:この手術をおこなったのが大学の3回生の時でした。そして、リハビリを頑張りやっと復帰というときに、教育実習が1カ月間あり、バレーボールも休止していました。今思えば休息・リハビリにはちょうど良いタイミングだったのですが、当時の私は術後のリハビリをあまり重視していませんでした。ひざ周りの筋力を中心に体全体もその期間にもっと鍛え、徐々に体を慣らしていけばよかったのですが、教育実習前に普段の生活や簡単なプレーが問題なくできていたことがあり、以前と同じようにいきなり全力でバレーボールを始めてしまいました。そして再びひざを痛めました。もし、もう少しリハビリをきちんとしていたらと、今でも思います。
園長先生にお聞きします。ひざの再生医療はご存知でしたか。
園長:いえ、逆瀬川さんと出会うまでは知りませんでした。逆瀬川さんから話を聞いて、自分でも少し調べたので大筋は分かっているつもりでしたが、今回こうした場でお話をお聞きし、医療の進歩で今まで無理だった治療ができるようになって、凄いな、ありがたいなと思います。再生医療とかiPS細胞などという言葉は耳にすることはあるのですが、身近に感じていなかったので良い勉強になりました。
また、彼女はずっとこんなに頑張ってきたのかと、とても驚いています。普段はここまで自分の話をすることはないので。でも今までの仕事ぶりからも、彼女は真面目に一歩ずつ努力するタイプというのは分かります。
逆瀬川さん、現在、バレーボールや他のスポーツと関わりがありますか。
逆瀬川:たまに保護者関係のバレーボールチームや知り合いのチームにお邪魔することがありますが、ずっとフロントでジャンプし続けるきついポジションだったりします。やはりブランクがあると体力が続きませんね(笑)
園長:将来バレーボール選手になりたいというお子さんがいました。3月に卒園してしまった後にそのことを聞いたのでとても残念です。逆瀬川さんのことを教えてあげたかったですよ(笑)
手術をした2015年2月から5年半経ちました。ご自身の生活スタイルも変わりました。そのあたりも含めて「自家培養軟骨移植術」の感想をもう一度聞かせてください。
逆瀬川:やってよかったと今も思います。そのおかげで、もう一度プロとしてバレーボールができるようになった。手術してから復帰まで長い時間がかかり、とてもいろいろなことがありました。不安もありました。でも、その時できることをひとつずつやるしか道はなかったし、何より周りの人がすごく応援してくださった。そのおかげで、もう一度バレーコートに戻れプロとしてプレーをできたことに本当に感謝しています。
自家培養軟骨移植術については、当時はもちろん知識なんてなくて、はじめに先生から言われたのが「バレーボールができるまで回復する見込みがある治療法は、これ以外に見当たらない」でした。だから、私にはやる、やらないの2択しかなかったし、今みたいにさまざまな情報も知り得なかったので、先生にお任せするしかありませんでした。先生との信頼関係もとても大事なことでした。
最後にこれからの目標や抱負などをお聞かせください。
逆瀬川:子供たちに関わらせてもらう仕事に就けて、この仕事を通じてまた自分が成長していけたらと思います。子供たちと一緒に運動できる元気なひざに本当に感謝しています。
園長先生、最後にひとことを。
園長:普通の人ではなかなか経験できないプロスポーツの世界を知っているので、彼女は頑張る、踏ん張るというチカラが相当あると思います。これからはそのチカラに保育や教育の知識や経験をどんどんプラスしていって、素晴らしい保育教諭になっていただければと思います。ぜひ頑張ってください。
逆瀬川:ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
本日はお忙しい中、ありがとうございました。 (取材日2020.8.19)

伊勢 雅子 園長

社会福祉法人 正志会清心緑が丘認定こども園
伊勢 雅子 園長 <Ise Masako>

兵庫県三木市緑が丘町西1丁目10-9

逆瀬川さんからみなさまへ

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