元海外プロサッカー選手
加藤 康弘 さん
KATO Yasuhiro
2015年~蒲郡市観光大使
2020年~幸田町スポーツ大使
現役時代はドリブルとスピードを武器に、2011年から2016年までの6年間、4か国のヨーロッパプロリーグでプレー。
2011年:ラトビアFKベンツビルスと契約、EL(ヨーロッパリーグ予選)に出場。
2012年:日本人初ウクライナリーグ1部のクラブとプロ契約。
2016年:ポーランドリーグでプロサッカー選手を引退。
2017年には『加藤フットボールアカデミーL.E.G』を立ち上げ、地元蒲郡市を中心にサッカー指導、ボール遊び教室、講師として自身の経験を日本、世界の子供たちに伝える活動を行っている。また、2022年には『放課後等デイサービスL.E.G』を開所。運動遊びや自然遊びを取り入れた療育に力を入れ、障がい福祉の世界でも子供たちの笑顔あふれる未来をサポートしている。
-
1. プロフィール・海外での現役時代
-
サッカーを始めたきっかけ、ヨーロッパでプロになるまでの経緯を教えてください。
加藤さん:小学1年生からサッカーを始めました。実は、幼少期は体操もやっていて、先生から「オリンピックを目指す育成コースに行かないか」と誘われたこともあります。高校生のころには50m走で6秒切っていましたね。普段の遊びの中で「こうやって体を使ったら、足が速くなるんじゃないか」と研究するのが好きな子どもでした。
高校は愛知県内の学校に入った後、長野、茨城と、1年に1回、別の高校に編入するという珍しいケースで卒業しました。高校のときに、オランダとベルギーへ遠征に行ったことがきっかけで、ヨーロッパでサッカーがしたいという夢を持ちました。
大学卒業時には、代理人を通して自分を売り込んでもらって、運よくラトビアの1部チームと契約できました。そこで日本人として初めてリーグ優勝し、ヨーロッパリーグにも出場できました。その後は、ウクライナやポーランドへ移籍しましたが、ポーランド在籍中に大きなけがをしてしまったので、日本に帰国してリハビリに専念しました。その後、もう一度ヨーロッパに戻ってスロベニアやポーランドでプレーし、今から約10年前に現役を引退しました。
-
さまざまな国でプレーされましたが、海外での生活や裏話があれば教えてください。
加藤さん:現役時代は、ヨーロッパでのキャリアにこだわりました。ウクライナのクラブでは、言語や文化の違いによるグループができていることもあったのですが、その中で自分のポジションを確立していくのが楽しかったですね。毎日キリル文字を書いて、看板も読めるようになりました。

-
2.スポーツ選手から見たけがの治療とキャリアへの意識
-
現役時代のけがのエピソードや、日常生活への影響について教えてください。
加藤さん:ポーランドのチームに在籍していた28歳のころ、試合中にインサイドパスを出した瞬間に「ブチッ」と音がして崩れ落ち、全く歩けなくなってしまいました。僕はスプリント系の選手だったので、筋力に頼る体の使い方が関節への大きな負担になっていたのです。病院に行くと、すぐに手術が必要だと言われましたが、どうしてもメスを入れたくなくて…そこでトレーナーがいる日本へ帰って、手術を受けずに2ヶ月間リハビリをしました。痛みを抑えつつ、体の使い方を学ぶトレーニングをした結果、けがをする前よりも動きの質が変わり、大柄な選手にも負けない体の使い方を手に入れました。けがをしたからこそ学べた経験でしたね。
-
アスリートにとって、けがによる長期離脱や引退後のキャリアへの不安はどのようなものでしょうか?
加藤さん:アスリートにとって、2ヶ月、3ヶ月と長期間休むことは、自分のポジションがなくなるかもしれないし、契約更新してもらえない可能性もあるので、本当に不安でしかないです。そして、どの選手も「できれば手術はしたくない、保存治療でいきたい」という思いを持っています。けがに対して騙し騙しやり過ごし、最終的には、無理がきかなくなって引退するケースも多いですが、引退した後のセカンドライフで、「仕事の選択肢が狭まる」、「子どもと思い切り遊べない」といった、日常生活に支障をきたすほどのけがをしてしまうのはとても怖いと思います。

-
アスリートの引退後の「セカンドキャリア」について、日本と海外の選手はどのように違うのでしょうか。
加藤さん:日本では「選手生命が終わったら、新たな人生が始まる」と、セカンドキャリアを考えがちですが、海外の選手は「人生の一部」として捉えています。僕のルームメイトだった選手たちも、現役中から不動産業をやっていて「アパートを買った」なんて話をミーティング前にしていました。僕自身も、教員とライフプランナーの資格を現役中に取りサッカー以外のビジネスや選択肢を持つ感覚が当たり前でしたね。
-
自家培養軟骨をはじめとした新しい治療に対する期待を教えてください。
加藤さん:新しい治療によって休む期間が短くなったり、諦めかけていた引退後の日常生活をまた楽しめるようになったりするかもしれないというのは、アスリートにとって大きな希望だと思います。ただ、新しい治療を選ぶときには、治すというだけでなく、引退後の人生まで想像してカウンセリングしてくれるような方との出会いや信頼関係が必要なのではないかと思います。自分に軸があって新しいことにチャレンジするバイタリティがある人や、信頼できる医師と出会えた人が、こういった治療を選んでいくのではないかなと思いますね。

-
3.現在の活動、日本の医療環境への思いとメッセージ
-
引退後の現在のご活動、次世代への還元について教えてください。
加藤さん:引退したときに、僕の現役を支えてくれたトレーナーの方と一緒に、地元の子どもたちのアカデミー育成にフォーカスしたクラブを立ち上げました。プロになってくれたら、もちろん嬉しいですが、それ以上に「長く楽しくサッカーを続けられる時間を作ってあげたい」という思いが一番にあります。自分自身、プロになってから運動学や解剖学など体の使い方の基礎知識を知ったので、それを育成年代のうちから伝えて、けがを少しでも減らしてあげたいです。また、サッカーを教える中で発達に特徴がある子たちと出会う機会も多く、障がい福祉に興味を持ち、4年前からは放課後等デイサービスの福祉施設を立ち上げました。
-
現在の活動の中で海外との交流は続いていますか?また、今後挑戦していきたいことや新たに取り組んでいることはありますか?
加藤さん:今でも毎年ヨーロッパに行っています。春休みには中学生の選手たちを連れてラトビアへ行き現地のクラブで練習したり、6月にハワイのサッカークラブの子どもたちを蒲郡へ受け入れる予定があります。僕自身、誰も足を踏み入れたことがない、やったことがない事に冒険心や探究心をずっと大事にしてきたので、これからも自分の軸を曲げずに日本の子ども達の世界と選択肢を広げる為にチャレンジしていきたいです。最近では、金曜の夜に30代から50代の方を集めて「大人の部活」というものを開催しています。けがが怖くてサッカーから離れていた人たちが、体の使い方を学び、トレーニングしながら、もう一度輝きを取り戻しているのを見るのがとても嬉しいですね。

-
日本と海外の医療環境の差について、どう感じられていますか?
加藤さん:日本の医療は本当に恵まれていると思います。ただ僕が住んでいた東欧の国でも公的な医療をほぼ無料で受けることができますが、医師やオペレーションの問題で骨折の手術が2〜3ヶ月待ちの国もあります。公的医療では治療方法も限られていて、医療に関してもすごく格差が生まれてしまっていると感じました。日本のようにどこへ行っても質の高い医療サービスが受けられる環境はすごいことですよ。
-
最後に、膝のけがなどで悩んでいる方へのメッセージをお願いします。
加藤さん:けがをしたときは不安で落ち込むと思いますが、心持ちひとつで捉え方が大きく変わり人生が好転するかもしれません。僕自身、けがをしたときに失意の状態で帰国してトレーナーから「けがをする前よりもパワーアップして復帰させますから」の言葉で、再び戦うモチベーションが湧きました。苦しい治療とリハビリ期間中に体の使い方を学べたおかげで怪我から復帰してプロのキャリアを全うできました。そして、医療の分野にも興味を持った事でスポーツ×福祉を軸にこの地域の方へワクワクを届けたいと引退後の今の活動にも大きく繋がっています。
これからの人生を長くアクティブに楽しく過ごしていくためにも、新しい治療法などの選択肢を知って、怪我や痛みを抱えている多くの方へ希望を持ってほしいなと思います。

-
本日は貴重なお話をありがとうございました。(取材撮影:2026年5月18日)