皮膚の色が白く抜けていく「尋常性白斑」。まわりからの視線や、先の見えない治療に思い悩む方は少なくありません。今回は、ご自身に白斑が現れてからさまざまな治療と葛藤を経験し、現在は白斑のある方のためのコミュニティ運営や情報発信に取り組む学生で起業家の倉田速音(くらたはやと)さんにお話を伺いました。白斑に気付いた当時の心境から、治療のリアル、そして「白斑と共に生きる」という選択肢について語っていただきました。
株式会社 HAYATO KURATA
倉田速音 さん
KURATA HAYATO
2002年4月3日生まれ。愛媛県出身東京育ち。
中学校までは公立に通い、高校からは通信制高校N高等学校に通いながら、N高マイプロジェクトに出会い覚醒。その後、自身の病気(尋常性白斑)をきっかけにファッション×病気プロジェクトを行う。N高起業部二期生やN高投資部一期生として審査に通り入部。N高起業部のサポートの元、2020年7月30日に株式会社HAYATO KURATAを立ち上げ、今に至る。
その他に外部企業の協力の元、エイトデザインのサンプル制作やメイカーズ U18、メイカーズユニバーシティにも採択される。2021年からは慶應義塾大学総合政策学部に進学。
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Q. 白斑が現れた際のエピソードと、当時の率直な心境を教えてください。
倉田さん:きっかけは、母親が私の肌を見て「はたけ(単純性粃糠疹)ではないか」と気づいたことでした。最初は、グラデーションのように皮膚の色が抜けていったため、私自身はそこまで気にしていなかったのですが、母親がものすごく気にしていました。連れまわされるように、様々な病院に行きました。それまで大きな病気をしたことがなかったので、病院で症状について説明を受けた際には、未来を想像した時の辛さからショックが大きかったです。私の場合は、目の周りから色が抜けていったので、鏡を見ると自分でもはっきりと分かるようになっていきました。
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Q. 日常生活や学校生活で困ったことや悩みはありましたか?
倉田さん:日常生活では、なるべく日焼けをしないように過ごすのが大変でした。また、当時は紫外線治療をしていたため、毎週学校を休んで通院しなければならず、治療後はやけどのような痛みを感じました。
学校生活では、もともと運動が好きでしたが運動会に出られず、どうしても出たいと無理を言って、自分の番だけ出てあとは保健室にいるという状況でした。プールも日焼け止めを塗れば入れたのですが、小学校では許可が下りず入れませんでした。自分の病気に対してすごくネガティブになり、「嫌だ」「周りからどう見られるか」と気にしていた部分もありました。
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Q. 同級生など、周りの方は病気を受け入れてくれましたか?
倉田さん:受け入れてくれた人もいればそうでない人もいました。無神経に聞いてくる人もいましたし、
思い返すと大人からの何気ない質問が辛いことも多かったです。目立つので、周囲の人が心配して聞いてくれるのですが、その度に自分の白斑のことを説明しなければならないのが一番大変でした。人と違うということを突きつけられる感覚になり、それがすごく嫌でした。発症した当時はそういうことで悩んでいました。 -
Q. これまでどのような治療を行ってきましたか?外科的治療などの選択肢は検討されましたか?
倉田さん:発症したときは、病院に通って一般的な皮膚科治療をいくつか試みましたが、身体的な負担を感じることもありました。治療の過程で状態に変化がみられることもあり、一進一退の状況が続きました。
高校に進学してからはほとんど治療はしていません。
別の治療選択肢を提案された記憶がありますが、小学生だったため痛みへの不安があり、治療に伴う一般的なリスクについて話を聞いて、慎重になりました。命に関わる病気ではないため、きずあとのリスクや費用負担について、医師と相談が必要だと感じました。

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Q. 起業の道に進んだ理由と、情報発信を始めたきっかけを教えてください。
倉田さん:高校入学後に参加した『マイプロジェクト』という探究プログラムがきっかけです。自分の人生を振り返る中で白斑というテーマがあり、相談したときに「患者会がないから作ってはどうか?」と言われ、情報発信を始めました。その後、服が好きだったこともあり、「白斑×アパレル」のブランドを立ち上げ、高校3年生のときにクラウドファンディングも行いました。タイミングが悪くコロナ禍と被ってしまい、白斑と向き合っている方々にヒアリングをしても「外に出ないから服はいらない」と言われてしまいました。それで完全に燃え尽きてしまい、アパレルは一度断念しました。そこから1年ほど悩んだ後、大学の授業でパターンランゲージ(熟練者の経験や「暗黙知(感覚やコツ)」を分析し、誰もが活用できる形に言語化・体系化した手法)に出会い、白斑で悩むの方に向けて多角的にアプローチできる小冊子を作る研究を始めました。幸いなことに、白斑と向き合う方からの問い合わせが増えて、対応が大変になったこともあり、誰でも見られるオープンなメディアを作ろうと思いました。高校生起業家やアパレルという切り口でメディアに取り上げてもらったことが、結果的に白斑の認知拡大に繋がったと思っています。
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Q. 新しく挑戦していきたいことはありますか?
倉田さん:現在運営している白斑のウェブサイト(https://www.hakuhan-tomoni.com/)をアップデートし、法律で許される範囲で客観的な医療情報を得られる仕組みなども追加していきたいです。また、日本だけでなく海外のコミュニティとの連携も私がオーナーシップを持って進めていきたいと考えています。
そうはいっても私自身、考えが変わることも多いので、半年後には「ウェブサイトではない」と言っているかもしれません(笑)。本当に求められているかを常に自問しながら臨機応変に対応し、白斑のことをより多くの人に知ってもらう活動をしていきたいです。 -
Q. 倉田さんの活動の中でずっと大事にされている「思い」は何ですか?
倉田さん:「白斑を抱えている人たちが、今の状況でよりよく生きられる環境づくりをする」ということです。その実現に向けて今後も頑張っていきたいと思っています。
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Q. 最後に、白斑に悩んでいる方や治療に踏み出せずにいる方へのメッセージをお願いします。
倉田さん:私は、どうしたら白斑と共に生きられるかという視点で活動しています。医療機関に相談し、ご自身にあった選択肢を検討することが大切だと考えています。治療の経過は患者さんお一人おひとりで異なりますので、治療が叶わなかった場合は、私が作っているウェブサイトやLINEやInstagramなどのコミュニティに参加して、少しでも気持ちを軽くしたり、話せる環境を求めてほしいです。
白斑を自分のアイデンティティとして付き合っていくというのも1つの選択肢としてお伝えしたいと思います。
本日は貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。(取材日:2026年5月14日)
倉田さんが運用しているウェブサイト(白斑とともに|尋常性白斑の治療・体験談・暮らしのメディア)が2026年6月に公開されました。
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