保健体育教諭
福間 みちるさん
Fukuma Michiru
【軟骨組織採取】2018年9月25日
【培養軟骨移植】2018年10月23日
【疾患】外傷性軟骨欠損症
【患足】右(欠損面積:内側顆:0.64㎠、滑車部:4㎠、膝蓋骨:1㎠、合計5.64㎠)
【組織採取量】0.47g
【背景】学生時代は陸上の選手。その後、教師となり部活動顧問も務める。
10年前からひざの腫れがあり、対症療法でしのいでいたが改善せず、島根大学を受診。左ひざの軟骨欠損に骨軟骨柱移植術を受ける。その後、仕事に復帰したが右ひざの状態が悪くなり、自家培養軟骨移植術を受けた。
島根大学医学部 整形外科学教室
内尾 祐司先生
Uchio Yuji
【所属学会】日本整形外科学会、日本関節鏡・膝・スポーツ整形外科学会、日本手の外科学会、ISAKOS SICOT AAOS、運動器の健康・日本協会
【認定医等】医師免許証下附(1986年)、整形外科専門医(1993年)、日本整形外科学会認定スポーツ医(1995年)、日本整形外科学会認定運動器リハビリテーション医(2008年)
【博士(医学)の学位授与】1995年5月10日 医学博士(乙第101号) 島根医科大学
【主たる研究分野】膝関節外科、スポーツ整形外科、手の外科
本日は新型コロナの影響がある中、お越しいただきありがとうございます。こちらでも最善の感染予防対策をおこないインタビュー対談に望みます。よろしくお願いいたします。
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福間さんは2018年10月に自家培養軟骨移植術を受けられたとお聞きしています。それから約2年経ちますが現在の調子はいかがですか。
福間:はい、いま日常的には問題ないです。まだ完全ではないのですが走れるようにもなってきました。私は保健体育の教師をしているので、普通の方より体を動かす機会が多く、立っている時間も長い仕事なのでひざには結構厳しい環境だとは思いますが、気をつけながら仕事や生活をこなしています。

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ひざトラブルの原因を教えてください。
福間:10年くらい前のことですが、急にひざが腫れてきました。授業でひざをぶつけたわけでもなく、正直何が原因か思い当たらなかったのですが、左足に腫れと痛みが出ました。学生の頃から運動が好きでずっと続けてきていましたが、その間も大きなケガはしなかったです。
ひざが腫れたときは、アイシングをしたり湿布を貼ったりなど対症療法をおこないました。もちろん病院にも行き、水が溜まると抜くを繰り返しながら仕事をしていました。レントゲンで診ても骨には異常ありませんでしたが、なかなか改善しないので知り合いのアドバイスもあり、内尾先生の病院を紹介いただきました。 -
内尾先生、最初に福間さんを診察されたときはいかがでしたか。
内尾:診たところ明らかに軟骨損傷の症状でした。福間さんは学生の頃からスポーツをずっとやってこられて、仕事でも身体を使う方なので、微小なストレスで徐々に軟骨が壊れてきたのだと思います。検討した末に骨軟骨柱移植をおこないました。当時は2011年で、まだ自家培養軟骨移植術が世に出ていませんでした。
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骨軟骨柱移植をおこなったのは左足ですか。自家培養軟骨移植術は右足ですよね。両足にトラブルがあったのですか。
福間:左足だけだと思っていたのですが、診ていただいたら右足もと言われ、私も驚きました。
内尾:はい、彼女の場合は両足の軟骨が傷んでいました。このことは関節鏡検査で初めからわかっていましたが、まず、痛みと腫れのひどい左足の治療をしました。バレーボールや陸上のダッシュなど、ひざを曲げながら負荷をかけるスポーツは、ひざのお皿の裏側にストレスがかかり軟骨損傷することがあります。事故などの損傷と違い、長年の蓄積によるものなので気づかないことが多くあります。そしてある日突然痛みがくる。調べてみたら軟骨が大きく欠損していたという患者さんを私も多く診ています。その原因ですが、軟骨というのは表面が氷のようにツルツルで中も柔らく弾力があるのですが、酷使してしまうと表面の一部が傷つき、他の部分より脆くなってしまい、表層雪崩のようにズレが出て、それが亀裂になり損傷してしまいます。

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内尾先生は、開発者である「越智先生」と一緒に自家培養軟骨を研究されていたとお聞きしています
内尾:1996年に越智先生が当時の島根医科大学に来られました。越智先生は当時からひざやスポーツ整形でとても高名な方でした。その時、私は末梢神経の勉強をしていて、ひざは専門外でしたが、越智先生に魅かれさまざまなことを学ばせていただきました。ひざ関節鏡、靱帯再建、半月板手術などのひざ手術も全て越智先生から教えていただきました。大学で越智先生が手術をするときは私がずっと第一助手でした。
ある時「軟骨培養をやるか」と言われまして。当時の整形外科の世界では21世紀にかかる問題がふたつあり、一つは「軟骨」もう一つが「脊損(脊髄損傷)」の治療でした。越智先生は、島根で新しいオンリーワンの治療をやろうとしていました。島根は地方だから症例数などは人口の多い都市に全くかなわないし、新しい治療の開発に積極的ではない。しかし、「人のやらないことをやりましょう。」「そして人の役に立つことをやりましょう。」というのが越智先生の考え方で、それが「自家培養軟骨」でした。当初は満足な培養室もなく、最低限の設備の部屋で、3人で始めました。大阪大学の先生に培養の方法を教えていただき、さまざまな実験を並行しておこないながらの作業でした。 -
自家培養軟骨が完成したときはいかがでしたか。
内尾:大変な思いをしながらも自家培養軟骨が出来上がり、患者さんに移植をして、手術後に初めて患者さんの軟骨が治っているところを関節鏡で見たときは、それはすごい感動で。もちろん学術的に治ることはわかっていましたが、実際に人の役に立った、治った、患者さんの幸せに繋がると感じ、その喜びは格別でした。今までの苦労も全て吹っ飛びました。しかも今まで誰もやったことがないことですから。

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当時のエピソードなどありますか。
内尾:培養軟骨を作るには、まず酵素で軟骨の中の細胞だけを取り出すのですが、いちど酵素をかけてしまうともう後戻りできません。終わるまでノンストップ作業です。しかも数時間ごとに違う酵素に変えなくてはならず、時間を間違えてしまうと細胞はすぐ死んでしまいます。時間がとても大事なのです。最後に、取り出した細胞をコラーゲンに入れて硬くするのですが、このタイミングもとても大切で間違えると元の木阿弥、また最初からとなってしまいます。このように細胞培養の工程はとても繊細なのです。当時の私は培養をしながら手術などもおこなっていましたから、いつも時間に追われていました。ある時、つい大事な培養中に寝てしまいました。細胞は全滅です。2人体制でちゃんとタイマーをかけておこなっていたのですが、2人とも寝てしまってタイマー音には全く気がつきませんでした。3つもかけていたのですが(笑)
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福間さん、右足も手術することになり、再生医療「自家培養軟骨移植術」を勧められたときはいかがでしたか。
福間:実は全部で4回ひざの手術をしています。左、右、左で骨軟骨柱移植を一回ずつ、4回目が右で自家培養軟骨移植術です。トラブルが10年と長い状態でしたので、自家培養軟骨移植術の話が出たときも良くなるなら試してみようくらいの軽い気持ちでした。
内尾:本当にすみません。患者さんにはつらい思いをさせてしまいまして… 初めにおこなった骨軟骨柱移植はその時はベストな治療法でしたが、福間さんの場合、ひざ周りの筋力が回復する前にオーバーワークで再び軟骨を傷めてしまったようです。仕事柄、仕方がないこともありますが、最初から自家培養軟骨移植ができていたらよかったのですが。
福間:先生が言われたように、完治する前に酷使してしまい、また軟骨を傷めてしまったのかなと思います。ひざの調子が良いと、まだ治っていないのに、気づかないうちに無理をしてしまいます。
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今までの手術(骨軟骨柱移植術)と自家培養軟骨移植術は違いがありましたか。
福間:手術直後は同じですが、自家培養軟骨移植術はクッション性を感じられる気がします。ひざの骨の当たりが良くて、痛みの軽減具合も良い気がします。これまでの治療も治るには時間がかかると言われていたので、経過は同じですが、今回は違和感なく自然な感じで治っていくような気がしています。

内尾:骨軟骨柱移植は違和感がやや出やすいかもしれません。健康な軟骨をコルク栓のようにすっぽり取り出して移植に使うので、取った部分は以前より力が入りにくいことがあったりします。また骨軟骨柱移植は8gほど軟骨を使いますが、自家培養軟骨移植は0.4g程度で、足りない部分は培養で増やして移植するので患者さんへの負担は低減されます。また骨軟骨柱は円柱の形なので、ひざのお皿の裏側に移植するとどうしても違和感が出やすくなりますが、自家培養軟骨は軟らかくゼリー状なのでお皿に合った形で移植することができます。硬くなるまでに時間はかかりますが堅くなってしまえば本来の形に近いのでこれも有利ですね。
福間:そうですね、実感としてゴリゴリとした痛みや、当たってこすれているような違和感がないですね。
内尾:ただ、どちらの手術も外科手術であり、患部を切開するのは同じで、腿の筋肉の一部を切らざるを得ません。切開すると筋力がどうしても落ちるので、筋力回復がとても重要になります。
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現在のひざの状態を細かく教えていただけますか。
福間:階段の上りはいいのですが下りが少し不安というか注意が必要です。お皿の前の方に体重が乗って、痛みにも耐えられず、転んでしまうのではという感覚が少しあります。軟骨自体はほぼ戻っているようですが筋力はまだ完全ではないのだと思います。でも私の目標は結構高いところにあるので、普通の方なら完治している状態なのかもしれません。
内尾:落ちる体重をお皿で支えようとするので、下りの方が力が必要になり負荷もかかります。筋力が付いてくればそうした不安も解消されてくると思います。
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福間さんのスポーツ歴を教えていただけますか。
福間:幼少期から運動が得意で、小学校ではバスケットボール部に所属していました。100m走やリレー、走り幅跳びで学校代表として大会にも出場していました。中学から本格的に陸上競技を始め、800mなどの中距離を専門に大学まで続けました。教師になってからは、授業で球技を含めさまざまなことをやっています。授業中、生徒と一緒にミニゲームに参加したりもしますよ。陸上競技はもちろん、バレーボールやソフトテニス部の顧問も経験があります。
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さまざまなスポーツを毎日のようにされてきたわけですね。この辺りの影響もあるのでしょうか。
内尾:スポーツによってひざの負担はかなり違うと思います。一定の動きのスポーツよりも、テニスやバスケットボールなど急に方向転換するスポーツの方がどうしてもひざに負担がかかります。また、スポーツでひざをケガすると最終的にOA(変形性膝関節症)になる可能性が高くなります。OA患者のうち、1割の患者さんはスポーツが原因と言われています。ですから、壮年期になってひざにトラブルが出て日常生活や仕事に支障がある方などは、早めに原因を見つけて治療することがとても大事です。人工関節になる前に自家培養軟骨移植などの適切な治療をおこなえば、また元のように歩いたり座ったりできるようになります。高齢社会については何かとネガティブなことが取り上げられますが、こうした治療で、それこそ素晴らしい技能を持っていた職人さんが再び匠の技を後世に伝えていくことができるようになります。健康な世の中になっていくことは素晴らしいことと私は思っています。

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福間さんの4回目の手術時はいかがでしたか。
内尾:関節鏡で患部を見たところ、当初考えていたより大きな軟骨欠損でした。合計で5.64㎠(内側顆:0.64㎠、滑車部:4㎠、膝蓋骨:1㎠)あり、自家培養軟骨移植術でしか治療ができない状態でした。軟骨は1カ所傷むと周りの軟骨も少しずつ傷んでいき損傷が大きくなってしまいます。ですからこのタイミングで手術ができてよかったと思います。手術自体は問題なく終わりました。2週間ほどひざを固定し、そこからリハビリをおこなっていただきました。
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今よりも固定期間が長いですね。
内尾:はい、今はもっと早くリハビリを開始しますが、当時はまだ新しい治療だったため、とても慎重にしていました。
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福間さん、リハビリはいかがでしたか。
福間:まずはひざを曲げることから開始して、最初は30度くらいが目標でした。これは割とすぐにできたのですが、次の60度が山で、なかなかつらかったです。そして90度になるとかなり大変。こんなにも筋肉は固くなってしまうのかと実感しました。なかなか曲がらず、先生も心配されたのか、病室へ見に来られました(笑)癒着した筋肉の剥離手術をしますかと先生から提案されたのですが、さすがにもう手術は嫌だと断り、リハビリをさらに頑張りました(笑)
90度曲がるようになってからは、比較的すんなりできるようになり、身体が思い出したというか回復がスピードアップした気がしました。その後は荷重移動や歩行トレーニングなどをおこない、筋力アップのトレーニングなども同時にしていました。荷重をかけると腫れが少し出ることがありましたが、すぐにアイシングをして休ませて、また翌日頑張るということをしていたと思います。
退院後、自宅ではゴムチューブを足にかけて伸ばしたり、クッションをひざ下に敷いて曲げ伸ばしをしたりというトレーニングをしました。退院時に松葉杖はなしで大丈夫と言われたのですが、私は怖がりなので無理を言って借りていきました。なるべく使わないようにしていましたが。職場には退院後2週間目くらいから復帰して、教室に松葉杖を立てかけて授業をしていました(笑)
内尾:彼女は、アスリートなので対処の仕方がよくわかっていましたから、私はあまり細かく指示しませんでした。無理な姿勢を取らないこと、急な動作をおこなわないことが基本になります。患者さんによっては、筋力がなかなか元に戻らない、困る、という方もいらっしゃいます。私たちも筋力をできるだけ落とさないで治療する方法を常に考えています。この手術も以前は患者さんの脛から骨膜を切り取らなければならなかったのですが、今は人工のコラーゲン膜があるため脛を傷つけずに済むようになりました。これにより、リハビリが早まり早期復帰できるように改善されました。リハビリメニューも症例が増えるにつれて修正され、ベストなメニューが作られてきています。手術の術式はもうある程度確立されてきているので、ここからの一歩としては筋肉を落とさず社会復帰を早くすること。そのための新しいリハビリ方法の確立が課題だと思っています。
福間:私は人工のコラーゲン膜を手術で使えなかったため、骨膜の採取が必要でした。その傷は時々ピリピリします。あの時コラーゲン膜を使えていたらよかったな(笑)
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福間さんは手術を受けるとき、新しい再生医療という治療法に不安はありましたか。
福間:不安がないわけではなかったのです。その不安は、これが新しい医療だからということではなく、治すことができるのかという部分にあったんだと思います。ただ、自分の軟骨を使って再生させるということには安心感がありました。
それと、医療がここまで進んでいて自分がそれを経験するのだということにとても驚きがありました。今教えている授業の中にも、こうした先端医療について触れる機会があります。脱線話ではあっても、実際に自分の経験を交えて生徒たちに教えることができるのはメリットですね。若い高校生には、健康とか、特に加齢とか(笑)、こうした話をしても伝わりにくいのですが、実例が身近にあると説得力が違いますね(笑)
今後、ひざだけではなく、ほかの場所にも使えるようになってほしいです。内尾先生がおっしゃったように、これから長寿の世界で健康を支えていくためには、こうした医療が本当に必要だと思っています。ぜひ先生にはさまざまな分野で頑張っていただきたいです。 -
内尾先生、今後こうしたい、こうなればという構想などありますか。
内尾:今はひざを傷つけ、患部を開かないと手術ができません。それを関節鏡だけで全て完結できれば素晴らしいことです。私が子供の頃に、人間が小さくなって病気の治療をするという海外ドラマがありましたが、あれをデジタル技術や関節鏡の進化に置き換えて可能にしていくことが日本ならできるような気がしています。ひざに小さな穴を2カ所だけ開けて手術が終わる。そうすれば筋肉を傷つけることもない。また、刺激や光などを与えることで培養軟骨が早く固まるような技術が開発されたら、患者さんは今の何倍も早く社会復帰できるでしょう。
今までに、30名くらいの患者さんのひざを自家培養軟骨移植術で治療しましたが、半月板、靱帯が壊れている方が実に多くいらっしゃいます。ですから近年は半月板がなくなってしまった方の治療などにも取り組んでいます。その患者さんも、今はスポーツができるようになるまで回復しています。とても嬉しいことです。また、OA(変形性膝関節症)を薬や注射で治せないかと研究を始めています。外来に来ていただいて注射で治すことができたら素晴らしいことです。
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内尾先生は「骨ネジ」も開発されましたよね。
内尾:これも越智先生の「人と同じことをやるな」の教えから生まれたものです。私は臨床医なので論文のための研究ではなく、今ケガや病気で困っている、悩んでいる患者さんたちに直接届く治療の研究をおこないたいと考えています。「骨ネジ」もその一つです。骨折してしまうと骨は金属ボルトで繋がれますが、そのボルトはいずれ取り出さなくてはなりません。また異物反応や炎症の恐れもある。でも、自分の骨でボルトを作り、繋いでしまえば骨と一体化してしまうので抜き取る必要がなく異物反応もありません。さらに「骨ネジ」に含まれるタンパクで、回復力を高め通常の金属ボルトよりも早く治すことができます。またネジだけではなく三次元のものを50ミクロンの精度で作ることができるので、欠けてしまった部分を作り、欠損部にパチンとはめることもできます。
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自家培養軟骨移植術の最初の頃の患者さんを覚えていらっしゃいますか。
内尾:もちろんです。1997年から自家培養軟骨移植術に取り組んでいますから、もう23年も前になるのですね。患者さんの中には現在は高齢の方もいらっしゃって、OA(変形性膝関節症)の心配も出てきています。もともとひざが健康な方も歳をとればOAの症状が出てきます。当時治療した患者さんを診察してみると健康なひざの方と同じような変化になっていました。おそらく自家培養軟骨移植をしていなかったら、こうはいかなかったと思います。この頃の患者さんは数年おきに診させていただいていますが、軟骨そのものは悪くなっていません。
余談になりますが、私は定期的に学校に出向き、子供たちの健診をしています。子供は基本元気で何かあっても大抵はすぐに治ったりするので、例えばひざの大切さなどを教えてもなかなか伝わりません。でも将来を担う子供たちの健康を今からきちんと把握し、サポートしていくことも医者の大事な仕事だと思うのです。実際、診てみるとひざ、肩、肘が痛い子が意外にいます。部活動などで無理しているのでしょうね。そんな子たちのケガの予防が今後できたらと考えています。健診の際には、給食を一緒にご馳走になったりもしています(笑) -
最後に自家培養軟骨移植術の感想や検討中の方にコメントをいただけますか。
福間:長い間ひざの痛みに悩まされ続けてきて、なんとかこの痛みから解放されたい一心で私は内尾先生に手術をお願いしました。今、痛みもなく健康でいられて本当に幸せです。これからの自分の人生を長く健康でいられるように務めていけたらと思います。この治療は、人工物を自分の身体に挿入するのではなく、自分の細胞を生かせることが私はとてもいいと思っています。できるだけ自分のもので治せば、後々の心配が少なくなるような気がします。ひざで困っている方は諦めないで、治療と向き合ってください。両足のひざが悪かった私も元気になりましたから。

内尾:自家培養軟骨移植術をまだご存じでない方がたくさんいらっしゃいます。この治療で、動ける喜び、動く幸せ、そうしたものをぜひ享受していただきたいです。そして自分の人生を光り輝く脚本に書き換えて素晴らしい人生を過ごしていただきたいと思っています。そのために私どもは全力で協力いたしますので、どうぞご相談ください。

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福間さんからみなさまへ
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内尾先生からみなさまへ